□ 吊橋 □

 ある朝、彼が死にました。


「彼はなんらかの理由で
吊り橋の両端のロープを切り、その後に中央で首を吊った模様です」

 青い制服を着た男は、得意げにそう語った。
 私たちの街の吊橋はとても変わっていて、崖に立った三本の柱と
吊橋の右端、左橋、中央がそれぞれロープと繋がっているのだが、
それは崖に水平にあるのだ。
 つまり、向こう側になど誰も渡れない。
 不思議に思ったことがない人などいないだろう。
 なのに、吊橋はずっとその形で谷の上にぶら下がっているのだ。

「どうして黒(くろ)はこんな所で死んだんだろう」

 リカヤという少女が私に声を掛けてきた。
 白いレースの付いたピンク色のハンカチーフを握りしめた彼女は、
それで涙を拭きながら私のほうに寄って来た。

 アンタ今まで黒のこと馬鹿にしてたじゃん。

 いかにも女らしい彼女の態度は、私をいつも苛立たせる。

「……そんなの私が知るわけないだろ」

 黒を見つけたのは彼の双子の兄、白(しろ)だった。
 朝食を採ったあと、外に出たきり昼食の時間になっても戻らない黒を、
白が見つけ出したのは日が沈む頃だったそうだ。
 彼は吊橋の中央のロープに丈夫な細めの紐を結び、
それにぶら下がっていた。

「黒……どうして、黒……」

 真っ黒な髪に真っ白な服。
 初めて、黒が白い服を着ているのを見た。
 きっと、極(き)めていたのだろう。
 この事を。
 白は黒の長い髪を梳きながら、その青ざめた頬に涙を落とした。
 黒とは正反対の容姿。白い髪に黒い服。

「…………!」

 そうか。そうだったのか。

「……ねえ、リカヤ。
 本當(ほんとう)は二人とも極めていたのよ」
「え?」

 何故誰も気付かないのかしら。
 純白の少年が初めて纏った漆黒。
 あれは────。


 吊橋はまだ私たちの街の隅にぶら下がっています。
 黒が遺した一本のロープに支えられて。